洋之介メモリアルカップ葉山2023

2014年10月6日

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危険すぎるコンディションが予想されたためにメモリアルカップ開催延期を決定した台風18号。
2014年10月6日、僕は小磯へ向かった。僕はこの日、どうしても小磯でサーフィンしたかった。
波は15フィートクラスの波が割れ、オンショア。ポジションにつくことすら難しいポイントで強いカレント。
海面はボコボコ。かなりシリアスなコンディションだった。たった1本でいい。
ここ小磯でしか割れない大波のメイクを決めたい。そう想いパドルアウトした。
僕はいつも小磯でサーフィンするとき、挑戦者として真剣に向き合っている。
その日使用する予定だったのは、でかい波専門の相性の良い板、ピーター•マッケイブの7.6。
それは前の台風で折ってしまった。だから洋之介が生前メキシコで使用していた8.0をチョイスした。
でもそれは初めて使う板だった。小磯のブレイクはテイクオフするとき急に掘れ上がるハードな波だ。
そのため板のセレクトは非常に難しい。そしてサーファーとしてのスキル全てが試される。
経験、スキル、泳力、海面でのリスク回避の知識、そして「道具」だ。正直その板じゃ自信がなかった。
初っ端から12フィートは楽にあるセットに、僕と中村竜君が餌食になった。巻かれて巻かれて巻かれて巻かれて…。
流された末に振り返れば竜くんの8.0はまっぷたつになっていた。
アウトに戻りながら、彼がキツイキツいカレントの中を400メートル以上ある岸まで自力で泳いでいくのを見ていた。
残るはケイトと僕。何度も何度も波にトライした。

けれどどうやっても上手く波にひっかからない。テイクオフすらできない。
実を言うと僕は洋之介の死後、彼がいつもそばで見守っている気配を感じている。
時には優しく、時には厳しくも。どんな形であれ、兄だと明らかに感じられるエネルギーのようなものだ。
そしてこの日も洋之介がここ小磯にいて、このセッションのこの状況にすることで
試練を与えてるようだった。いや。間違いなくそうだった。
何度も何度もトライした。そして1本の波にテイクオフ…と狙ったが板が降りず見事にパーリングした。
「正直この板じゃ自信がなかった。」正に不安をがフラッシュバックした瞬間だった。

小磯の波は直前まで見てテイクオフポジションを見極めなければいけない厳しい波だ。
そして何よりここの波と地形は「怖い」。
僕は精神的に激しく消耗した。
そしてこの日、はじめて一本も波をメイクできないという結果に終わった。

けれど駐車場に戻った僕を皆が待っていてくれていた。
この小磯というポイントの、ある種の神聖さとそのパワー、その波を乗りこなすことの意義に共感してくれたことを
暗黙に伝えてくれているようで本当にうれしかった。

とはいえその夜、僕はどうしようもないほど悔しい気持ちを拭うことはできなかった。
自分の未熟さを思い知らされたし、生前の兄の小磯というポイントへの思いを改めて痛感した。

写真:DEEP TUBER  記事:佐久間泰介

2014年台風18号(名称:ファンフォン)10月6日9時の状況

勢力:強い
位置:静岡県
進路:北東
速度:60km/h

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天気図提供:気象庁